日本語で季節感ある美しい言葉を月ごとにまとめてみました!



1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月



1月
初気色
初気色とは、新年初めて見る風景のこと。「初景色」とも書くことができます。新年初めての外出を「初門出」または「初戸出」、とくに元日の朝の外出を「初朝戸出」といいますが、元旦の初門出に見る初気色は、大気までが改まるような何ともいえない雰囲気があるものです。
いつもの見慣れた風景なのに、草木や烏など、目に映る何もかもが新鮮に見えて、初春のめでたさが満ちあふれているかのようです。このようなめでたい空気感、気配を「淑気」といいます。
正月ならではの、こうした淑気をはらんだ風景を意味する「はつげしき」には、単なる風景としての「景色」ではなく、やはり「気色」と書くのがふさわしいようですね。

冬晴れ
冬晴れは、からりと晴れ渡った穏やかな冬の日をいいます。
「冬日和」とも。12月にくらべると、陽射しも心なしか強くなったように感じられ、寒気にかじかんでいた体が柔らかくほぐれていくようです。このような冬の太陽を「冬日」「愛日」といいます。
日脚も次第に伸びてきて、冬晴れの空に、着実に近づいてくる春の足音を聞くことができる気がします。気が早い人なら、春と見まがうような冬晴れの日には、春告草(梅)が春を連れてくるのを待ちかねて、雪深い山中に探梅に出かけたくなるのではないでしょうか。ちなみに、雲ひとつない晴天は「日本晴れ」といいます。

寒見舞い
寒中見舞いのことです。年賀状の返礼が松の内に間に合わなかったときや、喪中に出す挨拶状として認識されていますが、本来は親戚や親しい人の寒中の安否を見舞う季節の便りをいいます。雪国に住む知人には「雪見舞い」といって、雪に降り込められる時期に安否を気遣う便りを出します。雪見舞いは、雪害を受けた人への見舞状をいうこともあります。寒の内の真んなかで、一年でもっとも冷え込むとされる大寒の日は、寒稽古や寒中水泳などが行われることで知られます。また、「寒造」といって、醤油や味噌、日本酒などもこの時期に仕込まれた物が一年でもっともおいしいといわれます。
ところで、日本酒の世界では、冷や酒の適温を季節のことばで表わすという麗しい習慣があります。「雪冷え」(5度)、「花冷え」(10度)、「涼冷え」(15度)がそれ。数字ではなく、五感を駆使し、肌身で適温を知るというところに、酒造りに携わる人々の粋な心映えを感じます。


頭語・時候の挨拶
新春の候・初春の候・厳寒の候。大寒の節・寒月の候・寒さことのほか厳しき折から・大寒を迎えていよいよ寒さが募ってまいりました・厳しい寒さが続いております


2月
冬萌え
冬萌えは文字どおり、冬のあいだに萌え出ている草木の芽のこと。それはほんの小さな、土や枝の笑窪のようにも見えるわずかな突起で、晩秋から用意されているにもかかわらず、この時期に目立つのは、春を待つ心の故でしょうか。冬枯れ一色だった庭や野山に現われる春の兆しは、ほっと喜びの灯りをともしてくれます。
2月は冬と春とが交差する時期。まだまだ厳しい寒さの日もありますが、雪国でも雪間にクロッカスや蕗の薑が見られ、早い地域では梅に次いで桜の開花が聞かれます。
ロシアではこの時期を「光の春」というそう。次第に日脚が伸び、重い雲間を割って降り注ぐ陽射しが、ようやくの春の訪れを感じ、歓迎することばです。


妻恋
夫婦または雌雄が、互いに、恋い慕うことを妻恋といいます。女性が男性に愛を告白するバレンタインデーのある2月は、妻恋の季節といえそうですね。バレンタインデーは、もともとカトリックの愛の守護聖人である聖バレンチヌスを祈念する日。ヨーロッパの伝説では、この聖バレンタインデーの日から、小鳥たちも愛を鳴くといわれているそうです。
「雉も鳴かずば撃たれまい」ということわざに出てくる唯、錐が高く鳴くのは妻を呼び求めているからと詠んだ山上憶良の万葉集以来、「妻恋鳥」は錐の異名になりました。
春告げ烏の鶯も、春になると里に降りて配偶者を求めて囀り、相手を得ると山に帰っていきます。

白魚
白魚は白く透き通る姿が美しい、全長数センチから10センチ程度のくさび形の小魚です。火を通すと白色に変わることからこう名づけられました。早春に産卵のため河口をさかのぼってくることから、東京都の隅田川などでは江戸時代から昭和の初めまで白魚漁が盛んでした。白魚売りは、東京都の下町の早春の風物詩だったといいます。
歌舞伎の「三人吉三廓初買」の有名な代訶「月も朧に白魚の篝も霞む春の空」の「白魚の篝」は、白魚を捕る漁舟の漁火をいったもの。
明治から昭和にかけて活躍した小説家、泉鏡花は短編『雛がたり』のなかで、桃の節句の白酒の肴にふさわしい物として、「白魚よし、小鯛よし、緋の毛せんに肖つかはしいのは柳鰈と云ふのがある。」と書いています。
白魚はかき揚げ、刺身、卵とじ、お吸い物など、どのように料理しても美味とされ、食通に愛されています。ちなみに、女性の細く嫋やかな指を「白魚の指」といいます。

屏風
結婚式の披露宴などでは欠かせない金屏風。六曲といって、六つの面に折り曲げられる物を用います。屏風の面の数は二曲、四曲さまざまあり、左右二点が対になった物を一双、片方だけの物を一隻といいます。
屏風は、部屋の間仕切りや装飾品として、かつてはどこの家にも見られました。とくに、新年の室内を飾る屏風は「初屏風」といい、干支にちなんだ図柄やおめでたい図柄の物を置くのが習わしでした。
屏風は、結婚や子どもの誕生など、人生の節目には新調されることもありました。また、「逆さ屏風」といって、亡くなった人の枕元に立て巡らして、人生の最期に寄り添う役割も、屏風にはありました。


春一番
立春後に初めて吹く暖かい南よりの強い風のこと。春一番が吹くと、いよいよ春がきたという気がします。心弾む語感があることばですが、もともと春一番ということばは、長崎県壱岐市の漁師のあいだで使われていたことばでした。江戸時代、春先の強い南風にあおられて五十人以上の漁師が水死し、以来「春一番」と呼んで、この風を恐れたといいます。
鹿児島県出水市には、10月になると越冬のために鶴が渡ってきます。ここで冬を越した鶴は立春が過ぎると、群れをつくってシベリアに帰りはじめます。これを「鶴の北帰行」といいますが、春一番のころにピークを迎えるため、出水では鶴の北帰行が春の訪れを告げるそうです。


頭語・時候の挨拶
春寒の候・立春の候・残冬の候・晩冬の候・余寒の候・余寒厳しき折から・立春とは名ばかりの寒さですが・余寒が身にしみるこのごろ。梅のつぼみも堅く


3月

夜が明ける前の、かすかに物が見える程度に明るくなったころをいいます。東の空から明るくなるので、「東雲」とも。
平安の昔、清少納言が「春は、あけぼの。やうやう白くなりゆく、山ぎは少しあかりて、紫だちたる雲のほそくたなびきたる。」と書いた曙の美しく神々しい空は、四季を通じて等しいもの。ですが、曙といえば春の印象が強いのは、この一節があまりにも有名になってしまったため。

曙はまた、新しい時代の始まり「黎明」を表わすことばでもあります。春の訪れを喜ぶ心が、四季のはじまりである春の曙を、ことさら美しいものと感じさせるのかもしれませんね。


かげろう
春のよく晴れた穏やかな日に、大気や地面が太陽に熱せられることで、地面からゆらゆらと空気の揺らめきが立ちのぼる気象現象を、「かげろう」といいます。「陽炎」と書くほうがおなじみですね。
糸遊もこれと同じ意味ですが、糸遊には別の意味もあって、早春の晴れた日に、蜘蛛の糸が空中を浮遊する現象をいいます。「遊糸」と表現することも。
蜘蛛が糸に乗って空中を飛ぶ、その糸が見えるのだそうですが、ともすれば、見えずにひっかかってしまうほど細い細い蜘蛛の糸。光の加減で糸が見えたり、見えなかったりするところから、あるかなきかの頼りなさ、はかなさ、心細さを表わすことばとなったのでしょう。


頭語・時候の挨拶
春暖の候・早春の候・浅春の候・軽暖の候・仰梅の候・水温む季節となり・ひと雨ごとに春らしく春まだ浅い今日このごろ・ようやく春めいてきた今日このごろ


4月
花篝 はなかがり
夜桜を照らすために焚く篝火を、花篝といいます。「花雪洞」という可憐な名で呼ばれることもあります。
現代の夜桜観賞といえば、水銀灯やハロゲンランプの灯りで照らすものですが、京都の円山公園をはじめ、いくつかの桜の名所では、平安時代の花の宴を髣髴させる、篝火に照らされた夜桜を眺めることができます。篝火のなかから幻想的に浮かび上がる姿は、桜の異名「夢見草」そのままの趣きです。
清水へ祇園をよぎる桜月夜
こよひ逢ふ人みなうつくしき
与謝野晶子『みだれ髪』
夜桜の美しさに当てられて、高ぶり華やいだ気分が、伝わってくる歌です。


終日 ひねもす
文字どおり、終日。「ひもすがら」とも読みます。朝から晩までの一日じゅう、日がな一日が、終日の意味です。「ひねむす」「ひめもす」「ひめむす」ともいいます。「日」に、接尾語の「ね」がついた「ひね」に、助詞の「も」がつき、さらに接尾語の「すがら」がついた「ひねもすがら」が変化して、「ひねもす」というようになったといわれます。
ひねもすといえば思い出すのが、
春の海終日のたりのたり哉
与謝蕪村『与謝蕪村句集』
慌ただしく追われる毎日、この句のように、蕩々として急ぐことのない春の一日に憧れますよね。
似たようなことばに「よもすがら」があります。「終夜」と書き、こちらは夜通し、一晩じゅうの意味です。

胡蝶
胡蝶とは、蝶々のこと。蝶には「夢見烏」という雅な異名もあります。「蝶の昼」といえば、暖かく晴れた春の日の、まどろむような気分を表わしたことば。一方、「狂う蝶」ということばもあって、蝶が花にまとわりついて激しく舞うさまを、夏目漱石は、
何事ぞ手向し花に狂ふ蝶
と詠みました。

大正時代に書かれた岡本綺堂の戯曲『番町皿屋敷』に、春は胡蝶の夢うつつという一節がありますが、夢とうつつが判然としないことや、この世のはかないことのたとえとして、「胡蝶の夢」ということばがあります。そこから死期が迫り、人生を夢のように思ったり、後悔することを「胡蝶の夢の百年目」というようになりました。「散る花や胡蝶の夢の百年目」犬子集は、振り返れば長い人生もひとときの夢のように思えるという感慨を詠んだ句です。
ところで、春に咲く三色菫の異名は「胡蝶花」ですが、これは花の形が羽を広げた蝶に似ているからだそうです。


頭語・時候の挨拶
陽春の候・春愛の候・仲春の候・桃花の節・桜花の候・春粧の候・花冷えの今日このごろ・いよいよ春もたけなわとなり。春の装いも新しく・春はいよいよ深く


5月
風薫る
5月のころに青葉のあいだを吹いてくる風、梢の緑の香りを乗せながら吹き渡る爽やかな南風を表わすことばです。「薫風」、「風の香」、「南薫」ともいい、この南風自体は「青嵐」
と呼びます。
古くは、風が運ぶのは花の香りと決まっており、「風薫る」は春の風をさすことが多く、春の歌ことばに用いられていました。けれども、時代の移るいとともに、若々しい新緑が薫る初夏の爽快感を表わすことばに変わりました。

このころには、燕の姿をよく見かけるようになります。風を切って飛ぶ燕の姿に、改めて薫風を意識させられるようです。

そのためでしょうか。「風薫る」と燕は、分かち難い対のことばのように感じます。


青竹
「あおだけ」とも読みます。文字どおり幹が青々としている、若々しい竹のことをいいます。単に生の竹をいうことも。この季節の竹林は、爽やかな薫風に柔らかくしなり、心地よい葉鳴りが響き渡る情緒豊かな世界。やはり年ふりた竹よりも、若い青竹がざわめいているイメージです。若い竹を表わすことばには「若竹」もありますが、青竹のほうが少し成熟している竹です。また、青竹は、若い人をたとえていうこともあります。

晩春や初夏のころ、筍に養分を取られた親竹は黄葉して葉を落とします。そのため、木々が落葉する秋になぞらえて、このころを「竹の秋」といいます。ちなみに、「竹の春」は、旧暦8月、いまの9月頃。若竹は生長して美しい緑の竹林になります。


彼方
「彼方」と書くように、「あなた」は、離れたところ、あちら、向こうを意味します。彼方の反対語は「此方」で「彼方此方」といえばあちらこちらの意味になります。
山のあなたの空遠く
「幸」住むと人のいふ。
ああ、われひと、尋めゆきて、
涙さしぐみ、かへりきぬ。


山のあなたになほ遠く
「幸」住むと人のいふ。
カール・ブッセ「山のあなた」


痛ましいほどの「彼方」への憧れを詠った上田敏の名訳詩。山の向こうに幸福の村があると聞き、尋ねていったが見つからず、泣きながら帰ってきた。すると、山の向こうのさらに遠くに、幸福の村があると人はいう、という意味です。

歌人の若山牧水は、これに感銘を受けて、
幾山河越えさり行かば寂しさの
終てなむ国ぞ今日も旅ゆく
の名歌を詠んだといわれています。


万緑
草木が見渡す限り緑であることを万緑といいます。響きが力強く、生命力あふれる印象のことばです。新緑から、万緑へと季節は移ろい草木はますます緑を深めていきます。
まさに、「目には青葉」。この時期は雨さえ「緑雨」と呼ばれて色づくといえます。
ところで、「紅一点」とは、たくさんの男性のなかにただひとりいる女性のことをいいますが、もともと「万緑叢中紅一点」という、十一世紀の中国の政治家・王安石の詩に由来することば。かつては、たくさんの物のなかで、ただひとつ異彩を放つ物をいうときにも、用いられました。

早乙女
「早少女」とも書きます。田植えをする少女、または「お田植え祭り」などの神事で田植えをする少女をいいます。単に少女や乙女をいうこともあります。
早乙女の「早」は、時期が早いという意味の接頭語の「さ」。

「早苗」「早緑」「早蕨」の「さ」も、同じ意味の接頭語です。ちなみに、「五月雨」「五月晴れ」「五月蠅」などは、5月を意味する接頭語の「さ」がついたことばです。
ところで「早乙女花」といえば、この時期に愛らしい白くて小さな花をつける「二人静」の異名ですが、「早乙女虫」は、なんとアリジゴクの異名。後ずさりしかできない、アリジゴクの性質と田植えをする姿を重ねたようです。

鹿の子
鹿の子は、文字どおり鹿の子、小鹿のこと。「鹿子」ともいいます。鹿の子は5~6月頃に生まれるため、俳句の世界ではこの時期の季語です。
小鹿の背中には白い斑点模様がありますが、これを「鹿の子まだら」といい、鹿の子まだらのような外見のために「鹿の子~」と名づけられた物が多くあります。「鹿の子絞り」は、糸で布をくくって染料がつかないようにすることで、白い小さな鹿の子まだらのような模様を染め残す絞り染めの一種。熟練した専門の職人が手作業で行う、高級な染め物です。
「鹿の子餅」は餅菓子の一種で、餡でくるんだ餅に、甘く煮た小豆を粒のままつけた物。小豆の粒が鹿の子まだらに見えることから、こう名づけられました。


頭語・時候の挨拶
新緑の候・若葉の候・初夏の候・惜春の候・晩春の候・向暑の候・薫風のみぎり。風薫るさわやかな季節となり・若葉が目にしみるこの季節・新緑の色を増す今日このごろ


6月
相傘
相傘とは、「相合傘」のこと。「相合」は、ふたりかそれ以上でひとつの物を所有することや、一緒に何かをすることをいいます。
学生のころ、机や黒板やノートの落書きに、好きな人と自分の名を、傘のマークの下に並べて書いた人は多いでしょう。このように、相傘は親密さの象徴として捉えられます。

肩先が濡れるのを気遣いながら、傘をよけいに差しかけてくれるしぐさに、相手のやさしさがうかがわれて、気持ちがふさぎがちな梅雨案のころの雨も、心楽しいものになるようです。
字は違いますが、「相合」を「相愛」と書けば、愛し愛される
ことの意味になります。

塩梅
もともと、「えんぱい」と読んだものが、変化して「あんばい」というようになったといわれます。
平安時代には、食べ物の基本の調味料として塩と梅酢を使っていました。「塩梅を和す」といって、塩と梅酢のさじ加減で味を調えていたのです。そこから、塩梅→塩梅のことば
が生まれました。
したがって、塩梅は、食べ物の味加減を調えること。また、その味加減のことをいいます。よい味加減であることは「よい塩梅」といいます。
物ごとの良し悪しや様子、具合についてなども塩梅というのは、もともと「按配」と書いたものが、混同して使われるようになったためです。

ビードロ
うっとうしい梅雨の時期。ガラスの表面に繊細なカットを入れて模様を描いた切子のグラスや器など、夏用のガラスのテーブルウェアを使って、爽やかな夏の雰囲気を呼び寄せるのも素敵です。
ビードロは、ガラスやガラス製品の別名で、ガラスを意味するポルトガル語「Vidro(ヴィドゥロヒからきたことば。「ギヤマン」ともいいました。ギヤマンはオランダ語のダイヤモンドを意味する「diamant(ディアマント)」がなまったことばで、ガラスを切るのにダイヤモンドを用いたことから、ガラスやガラス製品をギヤマンと呼ぶようになったそうです。
もともとの日本語では、ガラスは「瑠璃」または「玻璃」と呼ばれていました。

香魚
香魚とは、鮎のこと。鮎は日本の初夏の風物詩とされ、姿が美しく、川魚を代表する魚です。秋に生まれ、次の秋には死んでしまうため、寿命が一年であることから「年魚」とも呼ばれます。
香魚の異名は、西瓜や瓜に似た爽やかな香りがするためで、これはえさとして食べている藻によるものといわれます。
鮎釣りの愛好家も多く、例年、川開きとともに訪れる鮎釣りの解禁を待ち侘びて、各地の川に太公望が集まります。
ちなみに、鮎は夏の季語ですが、「若鮎」「小鮎」は春の季語、「落ち鮎」「下り鮎」は秋の季語、「氷魚」は冬の季語となっています。


頭語・時候の挨拶
初夏の候・梅雨の候・深緑の候・向夏のみぎり・薄暑の候・麦秋の候・うっとうしい梅雨の季節となり・霧雨うっとうしき折から・雨後の新緑が鮮やかな今日このごろ


7月
蝉時雨
たくさんの蝉が鳴きしきり、声が高くなったり低くなったりして時雨が降る音のように聞こえることから、こういわれます。「蝉の時雨」とも。

閑さや岩にしみ入る蝉の声
松尾芭蕉が山形県の立石寺で詠んだ有名なこの句は、ひっそりとたたずむ山寺を押し包む蝉時雨が、かえって山寺の寂真を引き立てるさまを詠んだもの。
街中で聞けば一層暑さを増幅させるような蝉時雨。時雨を通り越して激しく降る声を「蝉嵐」という人もいるようです。
蝉時雨と同じように、たくさんの秋の虫が鳴き立てることを時雨にたとえて「虫時雨」といい、こちらは秋の季語です。

青田
見渡す限り一面に青々と稲が生長した田のことで、「青田面」ともいいます。ふつう、夏の土用前後のころ(7月別日頃~8月中旬頃)の田をいい、このころを「青田時」と呼びます。
青々とした稲田が風にそよぐ様子を波にたとえて「青田波(青田の波)」といい、この風を「青田風」といいます。また、青田のあいだを通る道を「青田道」というなど、青田にまつわることばはいろいろあります。
よくいう「青田買とは、稲が実る前に収穫を見込んで青田を先物買いすることをいい、転じて、企業が優秀な人材を確保するため、卒業前の学生の採用を早めに内定することをさすようになりました。

翡翠 かわせみ
その美しさ故に、「森の宝石」「渓流の宝石」などといわれる蒻翠。
雀ほどの大きさの烏で、おなかはオレンジ色、背中は光沢のある鮮やかな青色で、この色は瑠璃色ともいわれます。宝石の「蒻翠」と同じ字をあてるのは、背中の色が、光を受けて蒻翠のような緑色にも見えるからです。雄が「蒻」をさし、雌が「翠」をさしているといわれています。「ひすい」「かわせび」「しようびん」「そにどり」「そに」ともいいます。くちばしは長くて黒色、雌の下くちばしは赤色をしていて、渓流や池などの水辺の木の枝の上から魚や水に住む昆虫を狙って、つぶての速さで水に飛び込んで獲物を捕らえます。

きらりと光が閃くようなその動きは、夏の水辺の涼しさを思わせます。

浴衣
浴衣は、もともと「湯帷子」といって、身分の高い人が入浴時に着る白い衣をいいました。やがて木綿が普及し、江戸時代以降裸で入浴するようになると、浴衣は湯上がりのくつろぎ着になり、現在のように夏の家着や気楽な外出着としても用いられるようになりました。

一日の汗を流してさっぱりと浴衣に着替え、端居をしたり、宵の街をそぞろ歩きするのは、まさに夏の醍醐味です。着物と違って手ごろな値段で求められ、気軽に楽しめるのが浴衣のよいところ。
既製の浴衣ももちろんよいのですが、年ごとに、そのときの自分の心や年齢にかなった色柄の浴衣地を選んで、来る夏に思いを巡らしながら自分で縫うのも楽しいものです。


夕凪
沿岸地域では、陸地と海上の温度差の関係で、昼間は海から陸へ向かって海風が吹き、夜は陸から海に向かって陸風が吹きます。この海風と陸風が入れ替わる朝と夕方は、風がぴたりと止まります。この状態を「凪」といいます。とくに朝方のものを「朝凪」、夕方のものを「夕凪」といい、瀬戸内海や高知県、長崎県などの夏の風物詩として知られます。

高知県出身の寺田寅彦は、随筆『夕凪と夕風』のなかで、夕凪の、熱気が籠ったような耐えがたい暑さについて触れています。このような凪の無風状態を、俳句の世界では「風死す」といいますが、これを打ち破るには打ち水が効果的と、寺田は述べています。


頭語・時候の挨拶
盛夏の候・酷暑の候・猛暑の候・炎暑の候・厳暑のみぎり・大暑のみぎり・ようやく梅雨もあけ・暑さことのほか厳しい折から・いよいよ本格的な夏を迎え


8月
打ち水
炎暑をしずめるため、家の玄関先や庭などに水を打つことをいいます。道路の埃を抑える効果があり、また、撒いた水が蒸発することでわずかながら気温を下げることができるので、涼を求めて行われます。「撒水」ともいいます。庭木にとっては、夕方の打ち水はさながら甘露の雨。青々と濡れて、息を吹き返すように見えるのも気持ちがよいものです。
もともと日本には、その家の顔である玄関先を、毎朝きれいに掃き清めて水を撒く習慣がありました。飲食店などでは、いまも行われているようですが、集合住宅が増えた事情もあり、一般の家庭ではあまり見られなくなったようです。


蜩は、別名「かなかな」ともいわれる蝉です。「茅蝸」「秋蝸」「日暮」とも書きます。

「初蝸」といえば、その年初めて耳にする蜩の鳴き声のこと。6月の終わりごろに現われて、夏じゅう鳴き暮らします。とくに、日が没した後の薄明のころに響く鳴き声は、ことに心に残るため蜩といえば「夏の夕暮れ」のイメージがありますね。

蜩のなくところからひきかへす
とは、種田山頭火の句。この句を読んだ日記には、「畑がしづかにしめやかに鳴きかはしてゐた」としたためています。日本人のもつ蜩のイメージを、鮮やかに伝える一文ではないでしょうか。


遠音
遠音とは、遠くから聞こえてくる音、遠くの物音のことをいいます。「とおおと」「とおと」とも読みます。遠くまで聞こえる音をいうこともあります。夏の遠音といえば、やはり祭雌子。暮れなずむ夏の夕方、風に乗って低く聞こえてくる祭嗽子にそわそわと、浴衣を着せる母親の手をせかしたことを思い出す人も多いのではないでしょうか。
古の人々は、秋の雁の遠音や鹿の遠音(鳴き声)、琴や笛などの楽の遠音に「物の哀れ」を感じました。気ぜわしく騒がしい日中には気づかず、暮れ方や、物皆寝静まる夜になってようやく耳に届くようなかすかな音が、一層情趣をかき立てたのです。


頭語・時候の挨拶
夏の候・残暑の候・晩夏の候・秋暑の候・季夏の候・秋涼の候・残暑なお厳しい折から・立秋とは名ばかりの暑い毎日が・暑さも峠を越え・暑さも盛りをすぎ


9月
待宵
待宵は、もともと女性が恋人(夫)が来るのを待つこと、あるいは、そうした宵のことをいいました。『万葉集」や『源氏物語』などの古典に見られるように、古くは男性が女性のもとに通う「通い婚」「妻問婚」が行われていたためです。やがて通い婚の習慣がなくなり、時代も移り変わると、待宵は十五夜の前夜をさすようになり、その日の夜空に眺めることができる月を待宵月と呼びます。クリスマスよりもクリスマス・イブのほうが盛り上がるのと同じ感覚でしょうか。

ところで、待宵草(月見草)といえば夏の花。夕方になると花開き、夜間咲き続けて翌朝にしぼむ花を、待宵の女性にたとえてこの名がつきました。


風の盆
「おわら風の盆」ともいい、富山県富山市八尾町で、毎年9月1日から三日間行われる民謡行事です。1985年に発表された、高橋治の小説『風の盆恋歌』で全国的に有名になり、以来、開催時期には多くの観光客が訪れます。
「二百十日」といって、旧暦ではこのころに台風が吹きやすいとされたことから、農作物を台風の被害から守るため、風をおさめて五穀豊穣を祈る行事が行われました。
そろいの衣装をつけ、編み笠で深く顔を隠して、越中おわら節に乗って歌い踊りながら町中を練り歩く「町流し」は、秋の風物詩として全国的に知られます。伴奏に胡弓が用いられるのが特徴といわれ、奏でる独特の哀調が、夏から秋へと季節が移ろうこのころの物悲しさをいやまします。

落とし水
稲が実ると、刈り入れ前に田を干すため、畦を切ったり、落ち口を開けて、田の水を溜め池や用水路などへ流します。
これを落とし水といいます。
夏の炎天下でぬるま湯のようになっていた田の水も、秋になると、大気と同様に冷たく澄んでいくようです。
稲と同様に、水の中で育つ物に沢わさびがあります。沢わさびは、新鮮な湧き水の流れる浅瀬で栽培されます。稲田の水は、わさび田と違って溜まり水ですが、この落とし水ということばには、いかにも「水澄む」秋らしい清涼な雰囲気があります。
落とし水の後は、ひと月ほどかけて田が乾くのを待ち、いよいよ刈り入れに入ります。

不知火
不知火は、旧暦の8月1日前後、すなわち9月の初めころに、九州の八代海や有明海で見られる唇気楼の一種です。
夜更けから明け方にかけて、海上に数キロにわたって無数の火が現われるといいます。近づくと逃げていくこの怪火を、昔の人々は妖怪「不知火」の仕業と考えたそうです。
糸遊や海市と同様、光の屈折で漁船の漁火がそのように見えるのではないかといわれています。海の神様といわれる竜神にあやかって、「竜神の灯明」(竜灯)ともいわれます。

現在では、夜の海上にも真闇がなくなり、この不知火を見ることは難しくなっているそうです。

虫の音
秋の野に潜んですだく虫の音は、「虫時雨」ともいいます。
春の花見、秋の菊見、月見、冬の雪見と並んで、秋の虫の音を楽しむ「虫聞き」は古の人々に親しまれました。

万葉や平安の時代に詠まれた「キリギリス」は、いまの蟠蝉のこと。当時は秋の虫を総称してキリギリスと呼びました。

江戸時代には、金鐘児、月鈴児ともいわれた鈴虫や松虫、鈴虫に似た那郵が人気で、虫籠に入れて売り歩く虫売りも現われました。江戸では上野の不忍池などが虫聞きの名所で、人々は酒とむしろを携えて虫の音を聞きに出かけたそうです。
現在は夏になると鈴虫などが店頭に並びます。上手に育てれば、毎年秋に美しい音色を楽しませてくれるでしょう。

黄昏
夕方、薄暗くなって人の姿がはっきり見えなくなり、見分けが難しいため「誰そ、彼は(誰だろうあの人はと)と思うところから、「たそかれ」といったのが変化して、「たそがれ」になりました。そのため、黄昏時は「彼誰時」ともいいます。
薄暗いこの時間は、何やら魔物に出会いそうなときとして「逢魔時」、薄闇にまぎれて不吉なことが起こりそうなときとして「大禍時」ともいいました。
また、写真や映画の世界などでは、日没後わずかに残った光であたりが照らされている時間のことを、「マジックアワー」と呼び、世界がもっとも美しく映る時間ともいわれます。
黄昏時は家々に灯りがともる「火点しごろ」でもあります。
温かい灯りがともる嬉しさと、一日が暮れゆく侘しさがないまぜになったこの時間の気分は、何ともいえないものですね。


頭語・時候の挨拶
初秋の候・新秋の候・新涼の候・清涼の候・立秋の候・爽秋の候・秋風のたつさわやかな今日このごろ・秋気さわやかな折から・ひと雨ごとに秋が深まり


10月
秋味
秋味とは、東北や北海道地方のことばで、秋に産のために川をさかのぼってくる鮭、秋鮭のこと。この季節になると群れをなして川をさかのぼる鮭が人々に恵みを与え、秋の味覚を代表することから、秋味の名で呼ばれるようになったといいます。

お歳暮の贈答やお正月料理に欠かせない新巻鮭は、本来、この秋味を塩漬けにした物です。
秋の味覚という意味でいえば、柿も秋味といってよいのではないでしょうか。家々の窓や軒に柿簾が揺れ、収穫を終えた庭の柿の木に、「木守」としてひとつふたつ柿の実が残されている様子など、いかにも秋らしい眺めです。

穂波
穂波は、稲や薄などの穂が、風にそよぐさまを波にたとえていったことばです。秋晴れの高空の下、刈り入れを待つばかりのたわわな穂がざわざわと風に揺れて立てる音を、まざまざと耳にするような気がします。
穂波は、穂のある植物が風に揺れるさまをいうので、6月に実りのときを迎える麦の穂にもいえることばです。しかし、実際には、爽籟といわれる、秋風が起こす爽やかな風の響きを言外に含んで、秋の季節感をもたらすことばとして認識されているようです。

この時期、田には稲を狙った稲雀が群がります。穂波は、熟した実を奪われまいと稲穂が抵抗するようにも見えますね。


千秋楽
千秋楽は、歌舞伎、芝居、ミュージカルなどの舞台や相撲のように、幾日にもわたって続けられる興行の最終日をいうことばです。
千秋楽の秋の字の「火」は、芝居小屋が焼失することを連想させて縁起が悪いとして「千穐楽」と書くことも。「千歳楽」「楽日」「楽」ともいい、千秋楽は物ごとの終わりや最後を意味して使われることもあります。語源は諸説ありますが、雅楽で最後に演奏する「千秋楽」という曲の名前から、おめでたい気持ちを込めた終わりという意味になったといわれます。
歌舞伎では、長い興行の最後の日ということもあって、お祭り気分でちょっとしたおふざけをしたりします。これを「そそり」といい、千秋楽のそそりが楽しみというファンは多いようです。


栞は、もともと「枝折」と書き、山道などで帰り道を知るために木の枝を折って道しるべにすることを意味しました。広い意味で、道を歩くための目印となる物をいうようになり、そこから転じて、読みかけの本のページにはさんで用いる目印や、「旅のしおり」などのように、初心者や不案内な人のための手引書などのこともいうようになりました。
この季節なら、美しい紅葉の落ち葉を栞にするのも素敵ですね。
まずは、落ち葉を押し花にしてみましょう。要領は次のとおりです。
①葉を重ならないように新聞紙のあいだにはさんで、さらに段ボール紙ではさみます。
②辞典などの重さのある本を重しにして置いておきます。
③ときどき新聞紙を取り替え、すっかり水分が抜けたら完成です

好みの紙に貼ったり、和紙にすき込んだり、ラミネート加工をしたりして栞にして使いましょう。葉をそのまま便菱にはさんで同封すれば、粋な季節のお便りになりますよ。


夜長
夜が長いことで、多くは秋の夜をいいます。「長き夜」「長夜」ともいいます。

終夜コンビニエンスストアの灯りが輝いているようないまの世の中では、間が悪いほど手持ち無沙汰な秋の夜長のイメージは、少しつかみにくいですね。しいていえば、寝つけない夜、かすかな家鳴りと、家人の寝息やいびきが聞こえてくる夜更けに、ひとりでしんと天井を見上げているときの感じに近いでしょうか。
秋深き隣は何をする人ぞ

と詠んだ松尾芭蕉は、秋の夜長、旅先で病気になって寝込んでいる折でもあり、いよいよ寂しさが増して、隣人が時折立てる小さな物音を、息を潜めて聞いていたのでしょう。


頭語・時候の挨拶
秋冷の候・秋涼の候・清秋の候・中秋の候・錦秋の候・凍秋の候・秋色いよいよ深く・秋も深まり・秋たけなわの今日このごろ。灯火親しむ季節となり


11月
小春日和
晩秋から初冬にかけての、春のように暖かく麗らかな日のことをいいます。「秋麗(あきうらら、しゅうれい)」とも。
俳句の世界において「小春日和」や「小春」は冬の季語で、旧暦10月の異称でもあります。
小春日和には、蝶が舞う春の日和とはまた違った風情と喜びが感じられます。ことに、秋の実りを迎えたころでもあり、果樹園に果物狩りなどに出かけるには、うってつけの日和ですね。
昔は、木の実や果物一般を「菓子」といい、ここから、とくに水分の多い果物を「水菓子」というようになりました。水菓子ということばには、「果物」にはない、ジューシーな甘さ、みずみずしい香りを感じる気がしませんか。

砧 きぬた
身分の高い人など、ごく限られた人々しか、絹や木綿の着物を身につけることができなかったころ。庶民は、麻などから採った繊維で織った着物を着ていました。こうした着物や布はごわごわと固いため、砧という石や木の台に置いて木槌で打って、柔らかくしてから着たといいます。
み吉野の山の秋風さ夜ふけて
ふるさと寒く衣打つなり

は、寒々とした晩秋の夜に聞こえてくる砧の音の侘しさを詠んだ『新古今和歌集』の藤原雅経の歌。当時、砧は女性の秋の夜なべ仕事だったといいます。
ところで、この砧がわたしたちの体の中にもあることを知っていますか。耳の奥にある小さな骨で、砧骨(きいたこつ・きいたぼね)といい、槌骨と鐙骨のあいだにあって、鼓膜の振動を伝えて音を運ぶ働きをしています。もっとも、この名がついたのは骨の形が砧に似ているからではなく、槌骨がこの骨を打つことからつけたという事情があるようです。

千歳
千歳は、文字どおり千年をさすほかに、長い年月、永遠を意味します。長寿を表わすめでたいことばで、女の子の名としても好んで用いられました。その千歳の名をいただいた「千歳飴」は、七五三の縁起物で、「寿命糖」とも呼ばれます。子どもの長寿を祈って、紅白に染め分けた細くて長い棒飴です。特製の化粧袋には、鶴亀や、松竹梅の絵が、麗々しく刷り込まれています。松竹梅には、それぞれ常緑の松のように厳しい試練に耐え、竹のように真っすぐ生き、雪のなかに咲く梅のように人生を花開かせてほしいとの願いが込められています。
化粧袋を提げた子どもの手を引いて歩く、親たちの誇らしげな姿は、11月の風物詩ですね。

顔見世
顔見世は、「顔見世狂言」ともいい、江戸時代からはじまった歌舞伎の世界の年中行事です。年に一回、10月に各劇場で役者の入れ替えを行い、翌11月には新メンバーによる初の芝居興行が行われました。新しい顔ぶれによる初興行ということで、自然と一年でもっとも重要な興行と位置づけられるようになったのです。
事情は変わりましたが、現在も11月には顔見世興行が行われており、例年これを楽しみにしているファンは多いようです。このことから、新しい職場での初日のように、初対面の人が大勢いる前で紹介されることも顔見世というようになりました。ちなみに、顔向けができないことを、「顔見世ができない」といいます。


頭語・時候の挨拶
晩秋の候・暮秋の候・霜月の候・霜寒の候・向寒の候・霜冷の候・初霜の候・秋雨の候・菊薫る今日このごろ・秋気いよいよ深き折から


12月
冬木立
冬木立とは、落葉した冬の木々のことです。冬になると、以前は茂った枝葉に隠れて見えなかった風景が、枝越しに見えるようになりますね。いつもとは違う風景から新しい発見があったりして、それはそれで面白いものなのですが、裸木を連ねる冬木立の寒々しさに、少しメランコリックな気分になったりします。

冬は、わずかに持っていた色彩を、乙女椿や侘助の花に使い尽くしてしまったようです。
それでいて不思議なことに、冬木立には厳しい冬を乗り越えようとする、静かな決意のようなものが漲っているように感じます。生命力旺盛な夏木立にはない、荘厳なたくましさももっています。春の芽吹きの予感を秘めて、静かにたたずむ冬木立もよいものです。

冬化粧
雪が積もってあたりが白銀に覆われ、景色が美しく様変わりすることを、化粧にたとえて雪化粧といいます。色のない冬ざれの街も、荒涼とした朽野も白く覆われて、別世界のようです。
雪見と酒落込んで、暖かい部屋から雪景色を眺めるのも風流ですが、まだだれも踏んでいない真新しい雪の上に自分の足跡をつけて歩くのは、わけもなく楽しいものです。

古代では信仰習俗と結びついていて、神様に祈りを捧げるために化粧をすることもあったそうです。平安の貴族は、男性も化粧をしたといいます。大地が真っ白に粧う雪化粧は、さながら、神聖な儀式の前の念入りなおつくりだといえるでしょう。

日溜まり
ときに、厚手のコートで歩いていると、うっすらと汗ばむような陽気があります。風のない日中なら、まるで秋口のように暖かかったりします。こういう暖かい日溜まりを猫は不思議と知っていて、気がつくと、ちゃんとそこで丸くなってうっとりと日向ぼっこをしています。これを「かじけ猫」といいました。暖かいところを見つけては丸くなっている、寒がりの猫。「かじけ」とは「かじける」のことでかじかむの意味です。
猫はもともと南方の生き物であったため、とても寒がり。
家々にかまどがあったころは、暖をとろうとして火を落とした後のかまどに入り込むため、灰まみれになった猫を「灰猫」ともいいました。これを「かまど猫」ともいい、宮沢賢治の「猫の事務所」に登場する「かま猫」は、このかまど猫です。

聖夜
聖夜とは、12月25日のキリスト聖誕祭の前夜、クリスマス・イブのこと。イブはイブニングからきたもので、もともとクリスマス・イブニング、すなわちクリスマスの夜を意味したものです。これが前夜を意味するようになったのは、日没をもって日づけが変わるとする暦を、利用していた時期があったからだといわれます。
日没を境に24日から25日に日が変わるため、現在の暦では24日の夜にあたる時間帯に、25日の聖誕祭本番を祝ったわけです。こうした暦は日本にもあって、地域によっては大晦日の夜にご馳走を食べるのは、日没を境に31日から1日へ、つまり正月に日変わりするとされていたため、正月を祝ってご馳走を食べた名残といわれます。


頭語・時候の挨拶
初冬の候・寒冷の候・厳寒の候・歳晩の候・師走の候・寒気厳しき折から・いよいよ本年も押しつまり。あわただしい年の瀬を迎え・年内余白少なくなり

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