日本人が長寿の理由は?食べ物と遺伝的に生命力が強いから

かめ大化の改新以降の中央集権国家の政府は、戸籍による個人の掌握とそれに基づく税や労役を人々に課し、納税の中心は米本位制でした。

水田耕作には力のある大型家畜の存在が欠かせませんが、重要な農業生産の担い手であったウシは、現在の耕耘機のように一家に一頭であり、食糧となることはあまりなかったと考えられます。牧場もなく、乳の生産も、市昜への流通も限定されたものでした。

牛乳を加熱乾固したものは醍醐と呼ばれ、このなかでも大変おいしいものは「酸醐味」の語源となりました。しかし、これは特権階級でのみ手に入れられるもので、一般の人たちの手に入るものではありませんでした。

日本が中央集権国家への道を歩みはじめたころ、仏教の影響によって畜肉を食べることも禁止され、牧畜は一般的産業とならず、牛乳の利用も明治維新で欧米の農業技術を導入するまで発展しませんでした。

コメが生産できない地方は、コメに代わって、干した魚介類などの特産物を税として納めることになりました。黒潮が流れる南日本の沿岸からは、春の上りカツオを3枚におろして湯通しした生利節や、さらに保存性を高め薰蒸殺菌した荒節やカビにより脱水した本枯節(カツオ節)が、北日本の寒冷な地方からは天日干ししたコンブが都に集められました。

支配階級はこれらを湯戻しして、都で手に入る野菜や根菜、豆類とともに調理して食べることになりました。欧州とは違って、乳や畜肉はほとんど使わないので、動物性脂肪の少ないうま味を基本にした食事が中心でした。

当然公家は、この日本型食事の原型を刷り込まれて育ち、食材のなかでも特にコンブと力ツオを持参して、日本のいたるところに支配層として赴いたと考えられています。

米飯中心に魚介類と植物性の食材、それにうま味のきいた出汁を用いた料理は、仏教の規範にも合う、食べておいしい日本型食事として広まっていったのでしよう。うま味による中央集権の確立です。

私たちは周囲を海に囲まれており、天災や天候不順などで飢餓になっても、他国から食糧を買いつけることはできないので、すべて閉鎖型の栄養環境です。飢餓になれば生命力の強い人々のみが生存し子孫を残すことになります。

したがって、基本的に強い生命力を持っています。日本人は長生きの遺伝的素因がある人が多いと考えられています。

実際、人口の多い先進工業国のなかで、日本の平均寿命が男性はおよそ80歳、女性はおよそ87歳と長寿で、かつ活動的な高齢者が多く、定年延長を歓迎する珍しい国でもあります。

私たちの食文化は本来、動物性タンパク質の摂取は少ないのですが、食べるとうま味がしっかりあっておいしい副菜と味がほとんどない白飯(ご飯)とを口のなかでよく噛むことによって味付け(口中調味)して食べます。

またそれぞれの食材を吟味して食べることを基本としています。これもご飯あっての話です。したがってご飯が欲しくなくなると、食欲は強く抑制されます。
焼き海苔、豆腐の味噌汁、潰物、塩引きの焼き鮭は私たちの大好きな朝食ですが、炊きたてのご飯は絶対に必要です。







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