IPS細胞が世界の重病患者を救う

1.IPS細胞が世界を救う!日本の研究によって生み出されたIPS細胞が世界の重病患者を救う                         
2010年、近畿地方の病院に入院していた男性が、脳死状態に陥りました。男性本人は、脳死状態での臓器提供の意思を回頭でも書面でも示していませんでしたが、家族のみの承諾で脳死判定が行なわれ、心臓・両肺・肝臓・膵臓・両腎臓の7つの臓器が5人の患者に移植されました。家族のみの承諾で臓器移植行なわれたのは、改正臓器移植法施行後、初めてのケースでした。

1997年に施行された臓器移植法では、本人が15歳以上で臓器提供の意思を書面で示し、家族が拒否しない、あるいは家族がいない時に限って、脳死判定と臓器移植を行なえると規定されていました。そして2010年に施行された改正臓器移植法では、本人の意思が不明でも家族の承諾があれば、15歳未満でも臓器を摘出できることになりました。
なぜ、法律が改正されたかというと、臓器移植が少しも広がらなかったからです。

日本臓器移植ネットワークのまとめによると、法律の施行から2010年までの14年間に、脳死状態になって臓器を提供したドナーはわずか89人にすぎません。

腎臓などについては脳死状態でなく、死亡してからでも移植できますが、両方合わせてもドナーの数は、2009年1年間で105人(うち心臓停止後が98人、脳死が7人)、移植した臓器の数は213 (うち、85%が腎臓)に止まっています。

一方、臓器移植を待っているレシピエント(患者)は約1万2000人。手術を必要としている60人に1人しか、臓器が提供されないのが現実です。なかでも、腎臓は移植を受けられるまでの平均待機期間はなんと14年です。この間、人工透析をして待つことになりますが、年間600万円前後の費用がかかると言われ、患者の負担は尋常ではありません。

こうしたなかで、患者たちの期待が集まっているのが再生医療です。IPS細胞(人工多能性幹細胞)やES細胞(胚性幹細胞)など、あらゆる臓器や組織に分化する可能性のある「万能細胞」を培養して、移植する臓器そのものを作り出したり、あるいは細胞を移植してダメになった臓器を蘇らせたりする新しい治療法です。

再生医療が実用化されれば、時間と手間と巨額の費用をかけて、脳死状態の他人から臓器を提供してもらう必要がなくなります。
この再生医療の分野で、今最も注目されているのがIPS細胞ですが、この研究で世界の先頭を走っているのが日本です。京都大学の山中伸弥教授のグループが2006年、世界で初めてマウスの線維芽細胞からIPS細胞を作製するのに成功。2007年に今度は世界で初めてヒトの皮膚などの細胞から作製するのにも成功しています。細胞は一度、分化したら他の細胞にはなりません。

たとえば、皮膚の細胞になったものが神経細胞になることはないのです。ところが、山中教授らは細胞をいわば「初期化」する遺伝子を発見しました。IPS細胞というのは、皮膚などの細胞に、細胞を「初期化」する遺伝子を導入することで、さまざまな臓器や組織に分化する「万能性」を持たせた細胞のことです。

これまでは、「万能細胞」としてES細胞が再生医療の旗手とされていましたが、ES細胞は生命の萌芽である受精がルーツであるため、倫理的に問題があるとして作製には強い反対がありました。IPS細胞はこうしたES細胞の難点をクリアする画期的な技術であるため、世界的な注目を集めたのです。

この技術が実用化されると、たとえば末期の肝臓ガンと診断された患者の皮膚から細胞を採取してIPS細胞を作製し、培養して新たに作り出した肝臓を移植するというようなまったく新しい医療が始まります。東京大学医科学研究所の中内啓光教授らは、IPS細胞から血液の成分である血小板を作製する研究に取り組んでいますが、引き続き、ヒトのIPS細胞を使って血液や骨、肝臓、膵臓などの臓器や組織を、動物の体内に丸ごと作り出す技術の開発にチャレンジする計画です。

また、慶応義塾大学の岡野栄之教授IPS細胞などを使った脊髄損傷の治療方法の研究に取り組んでいます。脊髄損傷というのは、交通事故や転落事故などで脊髄が傷つき、手足を動かす自由を失ったり感覚が麻痺したりするもので、国内には約10万人の脊髄損傷者がいます。脊髄の神経細胞は一度失われると再生されないため、今のところ有効な治療法がありません。

2. ところが、これまでの研究で、神経幹細胞を脊髄に移植すれば脊髄損傷の症状を改善できることがマウスやサルを使った実験で示されました。このため、IPS細胞から神経幹細胞を作製する研究が進められていますが、この治療が実用化されれば画期的なことです。
これまでとはまったく違う医療を切り拓く日本発の医療技術として、IPS細胞には世界中の期待が集まっているのです。

IPS細胞から心臓の拍動を起こしている心筋細胞を作って、心臓病や心筋梗塞を治療する研究も進んでいます。しかし、今の技術では患者の細胞からIPS細胞を作るだけで1カ月、IPS細胞から心筋細胞を作って安全性を検証するのに1年以上かかる見通しで、これでは時間がかかりすぎます。しかも、IPS細胞を移植するとガン化する危険性も残っています。

ところが、慶応義塾大学の家田真樹助教らは、マウスの胎児の心臓で活発に動いている遺伝子を心臓の細胞を束ねている線維芽細胞に入れるだけで、2週間足らずで心筋細胞を作ることに成功しました。この心筋細胞はIPS細胞(誘導心筋細胞)と名づけられ、心筋細胞として拍動することが確認されました。また、IPS細胞をマウスの心臓に移植しても、IPS細胞のようなガン化は見られませんでした。

家田助教らはヒトの細胞でもIPS細胞を作れるかどうか、研究を続けていますが、もしIPS細胞が使えるとなると、作製に時間がかかることやガン化の危険というIPS細胞の課題がクリアされ、心筋細胞を使った心臓病治療の実用化が一段と現実味を帯びてきます。

こうした新しい研究結果が、毎週のようにマスコミを賑わすようになりました。再生医療の研究は実用化に向けて、猛烈なスピードで進化していますが、こうした難しい技術の実用化は日本が最も得意とするところです。
日本がリードする再生医療が実現すれば、心臓や肝臓、脊髄などに重い障害やダメージを受けた患者を救うことになり、人類への貢献は半端なものではないと言えるでしょう。










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