日本の二十四節気や六曜・十二支などわかりにくい暦について

1.暦のきほん
現在、わたしたちが使っている新暦は、地球が太陽を回る周期をもとにした「太陽暦」です。日本が太陽暦を採用したのは、明治6(1873)年。それ以前は、月(太陰)の運行にそって作られた太陰暦をベースにした暦を使っていました。これを「太陰太陽暦」といいます。ただの太陰暦だと実際の季節との間にズレが生じてしまうため、そのズレを調整したのが太陰太陽暦(旧暦)です。

旧暦と新暦のズレ
旧暦と新暦のあいだには、35日ぐらいのズレがあります。そのため、「五月雨」のように、旧暦で表現されたことばの意味といまの暦とのあいだにズレが生じるものがあります。7月の孟蘭盆会の行事を地域によっては新暦の8月に行うなど、「月遅れ」で行われる年中行事もあります。

五節句と雑節
五節句は、中国からもたらされた暦上の節目です。めでたい奇数が重なる日を選んで厄除けの行事を行ったのがはじまりです。この五節句と24節気では把握しきれない季節の移り変わりを知るため、雑節という特別な暦日を設定しました。

2.二十四節気
月の運行にそって作られた太陰暦(新暦)は、太陽暦(旧暦)よりも1年が11日ほど短くなります。暦と実際の季節がどんどんズレていってしまうため、定期的に「閏月」を作りました。閏月のある年は、1年が13か月になります。
しかし、閏月だけでは、暦と実際の季節とのあいだのズレを埋めきれないため、「二十四節気」を設定して調整しました。
1日の昼と夜の長さが同じになる春分と秋分、太陽がもっとも低くなる冬至と太陽がもっとも高くなる夏至を基準に、1年を二十四等分し、それぞれに季節の移り変わりを表わす名をつけたものが、二十四節気です。


七十二候
七十二候は、二十四節気のひとつの節気をさらに三等分したもの。
二十四節気は、中国で用いられているものがそのまま取り入れられています。しかし、日本の気候と合わないものもあるため、日本の気候に合わせて作り替えられたのが七十二候です。

十二支と十干
「子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥」の十二支は、もともと方位や時刻をいうものでした。「正午」といういい方に、いまもその名残を見ることができます。
「甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸」の十干と十二支を組み合わせた、十干十二支(六十干支)、または、干支は、甲子から癸亥まで60年で一巡します。還暦は、60年で再び自分の生まれ年の干支になることを祝うものです。

六曜
六曜は、日や時間の吉凶を占うもので、室町時代ごろに中国から伝えられました。現在でも、結婚式や葬式では六曜を気にかける人は多く(結婚式は仏滅を避け大安にする、葬式は友引を避けるなど)、市販のカレンダーやスケジュール帳にも、六曜が記されているものが多くあります。







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