日本アニメは暴力シーンをカットされて世界のこどもたちに夢を与えている

日本アニメは世界のこどもたちに夢を与えている
1.ワールドカップのフランス代表として活躍したジダンや、ブラジル代表のロナウジーニョらが、日本のキャプテン翼のファンだったことは有名です。きっとキャプテン翼を見て闘志を駆り立て、練習に励んだことでしょう。
キャプテン翼はフランスやイタリア、ドイツ、ブラジルなどワールドカップ強豪国を含めた世界各国で放送され、世界のサッカー少年たちにサッカーの醍醐味を伝え、いつかはサッカー選手になってワールドカップで活躍するという大きな夢を与えました。

日本のアニメが世界中に輸出され、放送されて半世紀が経ちますが、この間、日本のアニメは世界中の無数の子どもたちをワクワクドキドキさせ、勇気や希望を与えてきたのです
2009年夏、スイスで開催されたロカルノ国際映画祭では、メインイベントのひとつとして、日本アニメの回顧展が行なわれました。

ロカルノ国際映画祭はヨーロッパ老舗の映画祭ですが、そこでなぜ日本のアニメが目玉企画になったのか。これについて、開催前に記者会見した映画祭のマルコ・ソラーリ総裁は、「日本のアニメはヨーロッパでも絶大な人気があるが、いまだに子ども向けのコンテンツだと思われる向きもあり、その全体像について理解する機会が必要だ」と説明しました。そして、ソラーリ総裁は「日本の優れた美意識や叙情感を示したい」と述べ、日本アニメの芸術性を認めたのです。

このイベントでは、日本で半世紀にわたってテレビ番組や映画、ビデオ用に製作されたアニメ作品が200時間に及び上映されたほか、ゲームやフィギュア、キャラクターグッズなども展示されました。上映作品を選定したイタリア人のルカ・デラ・カーサ氏は、好きな日本のアニメ監督として、宮崎駿や押井守、今敏の名前を挙げています。

宮崎駿は、80年代に『風の谷のナウシカ』や『となりのトトロ』などの作品を世に出して日本国内ではすでに国民的な人気を得ていましたが、2000年代に入って欧米でもブレイクしました。2001年の『千と千尋の神隠し』がベルリン国際映画祭金熊賞やアカデミー賞長編アニメ映画賞などに輝いたのに続いて、2004年の『ハウルの動く』もヴェネチア国際映画祭オゼッラ賞やニューヨーク映画批評家協会最優秀アニメーション賞など多数の賞を受賞。05年には、優れた映画人に贈られる最高の栄誉であるヴェネチア国際映画祭金獅子賞を受けています。

当然の理ですが、作品が評価されるということは、「観客数が多い=大衆に認められる」か、「映画祭で賞をとる=専門家や業界のプロに認められる」かのどちらかです。その意味で、宮崎監督本人とその作品が世界の最高峰に位置づけられたことによって、日本のアニメ全体のソフトパワーを世界に示したと言えるでしょう。

押井守は、04年の『イノセンス』でカンヌ国際映画祭コンペティション部門にノミネートされ、08年の『スカイ・クロラ』でヴェネチア国際映画祭フューチャー・フィルム・フェスティバル・デジタルアワード賞やシッチェス・カタロニア国際映画祭批評家連盟賞などを受賞しました。今敏も、01年の『千年女優』と03年の『東京ゴッドファーザーズ』でアカデミー賞長編アニメ部門賞にノミネートされています。

2. 日本で製作されたアニメは、1960年代初めからアメリカに輸出されてきました。初期の作品としては、東映動画の『白蛇伝』やテレビアニメ『鉄腕アトム』『ジャングル大帝』『エイトマン』『マッハGOGOGO!』などがあります。70年代に入って、アジアやヨーロッパ向けの輸出も始まりましたが、これは、各国ともテレビのチャンネル数が増えてコンテンツが必要となったためで、安価な日本のアニメ作品は重宝されました。

しかし、アメリカでは残念なことに、日本のアニメはそのまま放送されず、残酷シーンをカットしてストーリーを作り換え、1話で完結するように改変して放送されました。また、フランスでは、政府サイドが日本のアニメに批判的で、暴力的で残酷だとして『キン肉マン』や『北斗の拳』などが放送中止になっています。そうした否定的な見方が変わってきたのは、90年代半ば以降のことです。その一因として、アメリカで活躍する一線のクリエイターたちが、日本のアニメや漫画、ゲームの影響を受けてきたことが挙げられます。

たとえば、95年に公開された押井守監督のアニメ映画『攻殻機動隊』のビデオは、アメリカの雑誌『ビルボード』誌のホームビデオ部門で売り上げ第1位となっただけでなく、スティーブン・スピルバーグ監督やジェームズ。キャメロン監督にも高く評価されました。キャメロンの『アバター』や『エイリアン2』、ウオシヤウスキー兄弟の監督作品『マトリックス』などには、押井の作品や『機動戦士ガンダム』などの影響が見られることが指摘されています。

決定的だったのは、99年にアメリカで公開されたポケットモンスターの映画『ミュウツーの逆襲』でした。全米3000以上の映画館で上映され、爆発的なヒットを記録しました。そして、前述したように、01年には宮崎作品がアカデミー賞の作品賞を受賞し、日本アニメの実力を世界に示したのです。

これらの快進撃を受けて、アメリカの外交誌『フォーリン・ポリシー』は02年、GDP(国内総生産)をもじったGNC(国民総クール)という概念を提起し、アニメや食文化、音楽などを含めた日本のポップカルチャーのクールさ(カッコよさ)が世界的な評価を受けつつあることを指摘しました。この記事が発火点となって、『ワシントン・ポスト』やフランスの『ル・モンド』も「クールジャパン」という言葉を使って、日本のポップカルチャーを高く評価する記事を掲載しました。

日本は、トヨタの車やホンダのオートバイといったハードだけでなく、ソフトパワーでもすごいという意味でクールジャパンが宣伝され、日本のアニメはそのシンボルとなりました。40年におよぶクリエイターたちの努力が、ここに実ったのです。
日本政府は、03年に知的財産戦略本部を設け、04年にはコンテンツ法(コンテンツの創造、保護及び活用の促進に関する法律)を制定して、アニメやマンガなどコンテンツ産業の育成に国を挙げて取り組んでいます。

世界的な評価を受けたアニメやマンガを国策で推進しようというわけですが、官から民ヘという流れが加速するなかで、これはどうもいただけません。アニメやマンガはあくまでポップカルチャーなのであって、これまでどおり自由闊達な民の力、クリエイターたちの創造力にお任せしたらどうでしょうか。







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