日本人が持つジャパニーズ・スピリット(和魂)とは

世界の人たちは容姿とか言葉の訛りとか、見えたり聞こえたりする部分と、自分が持っている魂という見えないものの2つがあると思います。

パイオニア・スピリット(西部開拓魂)もサザン・スピリット(南部魂)も、形がないけどちゃんと存在するように、ジャパニーズ・スピリット(和魂)は、日本人という生き方の表現方法でもあります。

広大な国土ゆえに、道も家も店舗も何もかもがデカいアメリカでは、走行中や歩行中に道を譲ったり、レストランで相席をしたり、電車で席を詰めたりする経験がなく育ちます。

だから、混雑した電車で席をこぶし1つ詰める日本人の心配りが理解できないのも当然なのです。反面、狭い国土に大勢の人口がひしめき合う日本では、いい意味でも悪い意味でも、島国根性が様々な場面で頭をもたげています。

でも、イメージ的にネガティブな印象のある島国根性も、深く掘り下げて考えれば、素晴らしい「和魂」の要素をたくさん秘めているのです。

前述の満員電車での自発的な席詰めや、空港、バスなどで「奥に詰めてください」と運転手に指示されれば、乗客全員が無駄な隙間を効率的に埋めてゆく姿、そして、喫茶店やレストランで大声で騒ぐ人が圧倒的に少ないことなどは、狭い島国だからこそ育まれたスピリット(心持)のいい例だと思います。

そして、日本人が英語をあまり得意としないことや、日本市場における海外企業のシェアが少ないことなど、外国人がかつて島国根性の要因にあげたポイントも、今では正論ではなくなっているのです。それは、言葉では表せない気配りを当たり前にできる国民性や、自国製品に絶対の自信を持つゆえの排他志向を、ジャパニーズ・スピリットの一部として世界が理解している証拠でもあるのです。

今までは、「いつでも集団で動き、個のない日本人」という括りで、どことなく上から目線で評価していたアメリカ人も、震災以後は、その一致団結してみんなが得する結果を引き出す日本人スピリットこそが、災害に負けない国民性の原点なのだと思い直して近代化、合理化、経済成長ばかりを追い求めるのではなく、本当に大切なことを考え直そうというアメリカの息吹は、日本人の「ラストサムライ的生き方」にも似た、「ラストカウボーイ的な生き方」の復活を意味しているのかもしれません。


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