日本人は働き過ぎ?仕事や生活にまじめな企業集団

1.日本人は働きすぎ?終電車に乗れれば幸運、ほとんど毎夜タクシーで帰宅、徹夜も珍しくない。土曜も8時、9時まで仕事、日曜もしばしば出勤で、多くの省庁が不夜、もしくは通常残業省となっているのが実態です。

自宅には辛うじて寝るために帰るのでは、いかに住宅が改善さても、少なくとも一家の主人にはあまり意味がありません。このような生活は外国人からすると到底正常とはいえないでしょう。

事実、無理に無理を重ねて既に相当に健康を害している人も少なくないです。もちろん、家族の健康にも影響します。

更に痛ましい事件の報道に接して驚かされるように、精神衛生が不安定な状態に陥っている同僚がいることも事実であって、正に人道問題でもあります。少なくとも柔軟な思考をするだけの健康が保たれているか疑問です。

「官僚障壁」などという批判もありますが、新鮮な発想を期待するのは酷です。このような事情はもちろん東京の街だけのことではないでしょう。民間企業の状況も大同小異です。一家の支柱である父親の帰宅時間を特集した月刊誌もあります。

「働きすぎ」という海外からの批判も心の中ではほめ言葉だと自ら慰め、自宅でくつろぐ時間などは日曜以外はほとんど考えられないような仕事、仕事の毎日に耐えていくことが生きがいだと観念するとすれば、これは惨めな話ではないでしょうか。

東京での生活は、出張にしても長期在勤にしても、そのまま海外での日本人の生活に移行されやすいです。日本を背負っている中堅層の多くの人々が、このような生活を余儀なくされているのでは、外国の同様の立場の人々と心のふれあいをすることも難しいです。第二次大戦後、国際社会に復帰して既に30年以上経過しているにかかわらず、いまだに日本を「顔のない(フェースレス)」企業集団と評する向きもあるのは、やはり、いまだにわれわれのもつ友人の数が少ないためではないでしょうか。

経済摩擦もしょせん人間の摩擦です。民主主義国でありますというだけでなく、日本人の多数が国内でも海外でも健康で文化的な人間らしい生活をし、国際的に通用する価値観を抱いているとの認識が定着しない限り、世界に多くの友人を持つことは難しいです。

わが国でも、土曜を休むことがようやく緒についており、更に最近では年次休暇の消化徹底が指示されており、結構なことです。

さらに厚生労働省は、長時間労働などで過労死や過労自殺に追い込まれたとして、労災と認められた人が平成25年度に未遂も含めて196人に上るなど、企業の長時間労働の是正が喫緊の課題になっているとして、対策本部を設け、労働基準監督署による指導の強化に取り組んでいます。


問題の核心は夏休みをとることよりも、平素の毎日毎日の勤務時間を正常化するよう政府全体が努力することではなかろうか。

わが国は経済大国の実力にふさわしく「人間の顔」をした社会集団になれないはずはないのです。

まじめな姿勢は日本人ならでは
200年以上続く「会社」が世界に約7800社ある中、その4割にも及ぶ3100社は日本にあるといわれますが、一体「日本の会社」の強さはどこにあるのでしようか? 

日本的経営の柱とされてきた終身雇用や年功序列も最近では変化し始めていますが、日本の会社員の帰属意識の強さは、やはり独特なものがあるように思えます。その帰属意識を植え付ける「入社式」から「新入社員研修」、世界的に例を見ない「人事異動」など、会社が人材を育てるという風土が根付いているように思えます。

従業員はまじめにこつこつと仕事をし、安定した収入を得、仕事をひとつのアイデンテイテイと位置づけ、自己実現のためにそれに取り組み、結果オンとオフを使い分けずキャリアアップを目指す。仕事を自己実現のひとつと位置づける私たち日本人の発想は、角度を変えて見れば経済的には合理的な生活かもしれないですね。

まじめなサラリーマンは、最善の仕事をしようと本当に努力します。そしてそれは、職場でのプレゼンテーションのみではなく、仕事を離れた冠婚葬祭のスピーチでさえも、数週間前からマニュアル本を購入し、事前に何度も練習をしてから本番に臨みます。こんなまじめな姿勢は日本人ならではといえるのではないでしょうか。いかなる時でも100%全速力ということですね。


日本人のように勤勉が美徳なのか
日本人は額に汗して働くことが何より尊ばれ、また喜びであり、そのためにはすべてのことが犠牲にされてきました。つまり、勤勉は美徳そのものであったわけです。

では、外国人の目に日本人の働きぶりはどう映っているのでしょうか。在日の外国人に感想をきいてみると、やはり日本人は勤勉で感心します、という答えが多いです。

ただし、その内容については、個人を犠牲にしている、働くことが人生の目的化している、特にデスクワークは長い時間働く割に効率はよくない、などの批判的な意見も少なくないようです。

最近は諸々の価値観が揺れ動く中、伝統的な日本人の労働観も変わりつつあるといえます。 ハングリー精神の消滅や働き過ぎへの反省などから、従来と違った考え方も増えています。

確かに、カローシ(過労死)などという言葉がそのまま世界に通用する事態は、決してほめられることではないでいでしょう。 25~39歳の勤労者に聞いたある調査では、「親の代に比べて勤勉さを失った」と思う人が60%、「2020年の若者は勤労意欲が低下し、それが問題となっている」と予測する人が半分を占めるという。

外国と日本では労働時間とそれ以外のけじめが極めて明確なことも特徴です。特に、企業のオーナーや役員は別にして、一般の事務員やブルーカラーは徹底しています。

あと一行タイプを打てば書類ができる、あるいはあと一本ネジを締めれば製品が出来上がるのに、時間がくればさっさと帰ってしまう。人生において、どちらの時間を大切にしているかは、おのずから明らかでしょう。

そして海外では職場をかわることへの抵抗は、ほぼ皆無です。履歴書に多くの職歴が記載してあることは、有能な証拠として前向きに評価されるが、日本では恐らく反対に腰が軽いとマイナスにみられることがまだ多いでしょう。



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