日本人は外国人に比べて心理的バリアを作って人と接触しない

日本と言えば朝夕の通勤で満員電車の中の不気味な沈黙は当たり前になっています。何百人が詰め込まれた車内の一種異様な静寂には、シュールな恐怖感さえ感じてしまうほどです。

アメリカやラテンの国といえば、どこにいってもにぎやかで、人が集えばうるさいほどしゃべり合い、語り合うことが当たり前。つり革に連なる無表情な通勤者の顔をみながら、これぞ逆カルチャーショックと思えるほどです。

もともと海外と日本では通勤事情が全く異なるのもその理由かもしれません。海外では車が主体となるので、日本の大都市で日々繰り返される通勤ラッシュの苦労や作法は外国人にとって理解されません。

あるイギリス人は、日本人がなぜ毎日片道1時間半から2時間近くも黙々と長距離通勤に耐えるのか分からない、と言い「もし、イギリス人であったら自分や家族のために、そんな勤めはさっさと辞めるだろう」と付け加えています。

といって、日本人が他人との接触を好む国民とはとても思えません。握手とお辞儀の違いをみても、日本は非接触型文化を持ってきたことが分かります。

ごく最近の風潮は別にして、日本には家族であれ友人であれ人前で体を触れあう習慣は極めて乏しいです。アメリカ人は日本人に比べ、2倍も身体的接触を行うという調査結果もあるようだし、ロシア人やアラブ人が男性同士でも頬を寄せたり、手をつなぐことに大半の日本人は違和感を覚えます。

もしかすると満員電車の中の沈黙は、非接触を旨としてきた日本人が否応なく肌を押し付けあう状況に追い込まれることへの静かな抗議なのかもしれません。


他国と日本人の人と接し方の違い
親しい間柄ではよく触れ合うアメリカ人も、他人にぶつかれば反射的にexcusemeと謝ります。そのかわり、交通事故などで責任が生じる恐れのある場合は絶対に、sorryとはいいません。

日本はちょうどこの反対で、人にゴツゴツ当たろうが無言の行ですが、事故などでは真っ先にスミマセンといって穏便にすませようとします。 もっとも日本のラッシュの中でいちいち「失礼!」といっていたらきりがないですが。

スペイン語でmil perdones(千回のごめんなさい)という言い方があるが、これだけ謝っても足りるかどうか。また、海外の有名観光地でカメラを片手に無言で突進してくるのは、たいてい日本人か中国人などの非接触文化に属する人々というのも興味深い事実です。

さて、なわばりというと普通は物理的な場所、例えば職場や住居あるいは自分の確保できるスペースを指します。それに加えて、個々それぞれが自らの周囲にはりめぐらせる、心理的ななわばりもあります。

人と人との隔たりが小さい、つまり心理的なわばり意識が希薄な国と比べると、いかにも日本社会はなわばり、あるいはバリアだらけに感じて仕方ありません。なにより、行き交う人たちの表情が乏しいし、未知の人、関係ない人に向ける視線はおおむね冷たいです。

アメリカでは知らない同士でも、目があえばにっこりします。 出入り口のドアなどを後続の人のために押さえてあげる確率は、アメリカでは9割、日本では1割といったところみたいです。

価値観も考え方も異なる多民族国家であればこそ、ことさらに隔意がないことを示す必要があり、仲間うち社会の日本ではそんな必要が全くないといえばそれまでですが、やはりこれからの国際社会に向けて考え方を変える必要があるようです。



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