旗のある街の風景

海外と日本とで街の雰囲気にも違いがあります。カナダの最大の都市トロントから東へ、国道を車で2時間も走ると、それまで林立していたカエデをあしらったカナダの国旗が突然消える場所に行きます。

かわりに目につくのが、青い地に白十字とユリを染め抜いたケベック州の旗です。いつのまにか交通標識もフランス語だけになり、あわててフランス語の辞書を出したりすることになります。

フランスの地方都市をほうふつとさせるケベック市に入ると、州旗のデモンストレーションも最高潮に達するのです。セントローレンス川からの川風に吹かれて、はためく旗の群れをみていると、アングロサクソンの中でフランス文化圏を何とか守ろうとする、ケベックの人々の気概と憂愁がなにがなし伝わってくるような雰囲気があります。

もうひとつ、忘れ難い旗の風景がある。1997年ペルーの日本大使公邸人質事件が発生から100日を超え、膠着状態に陥っていたころ。リマの街ではおおむね3分の1の家々に、人質となった方たちへの支援と連帯を表す、赤と白を基調としたペルー国旗が掲げられていました。その後の事件の推移とともに、祈りや願いの込められたおびただしい数の旗が翻る情景は、今でもはっきりと記憶に残っている人もいるかもしれません。


2.自国のシンボルに対する関心、敬意の乏しさ
同じ南米大陸にあるブラジル。個人主義でありながら、国家への思い入れは他国に負けない情熱を合わせ持つブラジル人は、自らの愛国心を次のように表現しています。「私の心は緑と黄色」。

すなわち国旗の色であり、ナショナルカラーである2つの色に心意気を託す言葉です。サッカーの国際試合などで、ナショナルチームのユニフォームはもちろんこの取り合わせ、世界最強のセレッソン(ブラジル代表)が「カナリア軍団」といわれるゆえんでもあります。

当然、国際試合の際は観客席も黄色と緑に染まり、街中では至るところでさまざまな大きさの国旗がうちふられるのです。

ついでにいえば、ブラジルの国旗は中心部に「ORDEM E PROGRESSO」(秩序と進歩)という文字が入った珍しいスタイルとなっていることをご存じでしょうか。これは、フランスの哲学者オーギュスト・コントの「愛を原理とし、秩序を基礎とし、進歩を目的とする」という有名な言葉からとったものです。ポルトガルのくびきから逃れ、独立を果たしたブラジルの気概が伝わってくるデザインです。

同じような多民族国家であるアメリカの都市でも、国旗は実によく目につくところにあります。ニューヨークの街など、ほとんどすべてのビルに掲揚されているし、しかも屋上ではなく入り口の上あたりに道路方向に横向きに突き出されているので、いやでも目立ちます。

都会を離れてカントリーサイドにいくと、人里から何マイルも離れた雑貨店やカフェテリアにも大星条旗が翻っていたり、ネクタイやTシャツあるいは文房具やインテリア製品で、星条旗をデザインしたものが数多くみられることはおなじみのとおりです。

日本と外国の都市の違いはいろいろありますが、旗のある景色もそのひとつです。日本で目立つのは、広告・宣伝用ののぼりばかりで、公共的な建物がそれも遠慮がちに国旗を掲げているのみです。祝祭日に一般家庭が旗をだす習慣も、「旗日」という言葉とともに消え去ろうとしているのが現状です。

左胸に手をあてて「私は合衆国の旗とその旗が示す共和国に忠誠を誓います…」と毎日唱和をするアメリカの小学生と、オリンピックやサッカー以外は日の丸に一向関心を示さない現代日本人とのギャップがここにあります。

それは、多様であるからこそ常にアイデンティティーを求める多民族国家と、そんな必要を感じない日本という国の相違なのでしょうが、それはそれとして自国のシンボルに対する関心、敬意の乏しさはやはり世界の例外国家日本独特の文化なのです。



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